だから私は傷つかない
※ こちらは”フリー台本”ではありません。
久しぶりに家に帰ると彼が知らない女の子と寝ていた。
私たちのベッドの上で。
それを見て激怒する自分をどこかで冷静に観察している私がいて、
あぁ、私は彼のことが好きだったんだと、
改めて痛感した。
その家に帰ってくるのは1年半ぶりだった。
結婚の約束をして、一緒に住み始めたのが2年前。
私がこの家に住んでいたのなんてほんの半年のことで、彼女がそこにいること自体には嫌悪感は感じなかった。
彼の横にいる、ただそのことを除いては。
「最近うちの会社で働きだした子がお金がなくて困っている。だからしばらく家に泊めてあげることにしたんだ」
彼が電話でそう言ったとき、私は何と答えたんだったか。
きっと私は仕事のことしか考えていなかった。
その相手が女の子だと聞いたときも、仕事の都合でこの家を離れることになったときも。
「落ち着いた?」
私を椅子に座らせて、コーヒーを出してくれた彼はしばらくして私にそう問いかけた。
あの頃と同じ優しい目をした彼が向かい側に座っている。
それがどんなに幸せなことか、どうして今まで忘れていたんだろう。
突然帰ってきて彼女と彼を罵る私を見て、彼が取った行動は、彼女に謝ってこの家から追い出すというものだった。
当たり前だ。ここは私の家なのだから。
ただ彼は怒って泣きながら出ていく彼女を引き留めはしたものの、怒りに震え泣いている私を抱きしめてはくれなかった。
それがさらに私の心を冷静にさせた。
「本当に申し訳ないんだけど…今は彼女との将来を真剣に考えている。彼女もだ。君は…この1年半俺との将来を真剣に考えてくれたことがあった?」
言葉は出なかった。
代わりに涙が一滴だけ零れた。
仕事についていくことに必死で、どんどんできるようになっていく仕事が楽しくて、いつの間にか自分の将来しか見えていなかった。
それがどれだけ彼を苦しめたか。
どれだけ彼を失っていったか…。
「その涙が本物なら、きっぱり俺のことふってよ」
お互い、自分の将来を見るべきだ。
そう言って笑う彼は最後の最後まで優しかった。
あの頃と何も変わらないのに、もう私のものではない笑顔。
でも最後のこの瞬間だけは、確かに私のものだった。
だから私も嘘をついた。
「…もう、あなたのこと好きじゃないわ。私が愛してるのは、今向こうでしている仕事なの」
それがいつか本当になればいいなと思いながら。
だから私は傷つかない 20xx.xx.xx