だから私は傷つかない

2023年06月01日

※ こちらは”フリー台本”ではありません。


久しぶりに家に帰ると彼が知らない女の子と寝ていた。

私たちのベッドの上で。

それを見て激怒する自分をどこかで冷静に観察している私がいて、

あぁ、私は彼のことが好きだったんだと、

改めて痛感した。

その家に帰ってくるのは1年半ぶりだった。

結婚の約束をして、一緒に住み始めたのが2年前。

私がこの家に住んでいたのなんてほんの半年のことで、彼女がそこにいること自体には嫌悪感は感じなかった。

彼の横にいる、ただそのことを除いては。

「最近うちの会社で働きだした子がお金がなくて困っている。だからしばらく家に泊めてあげることにしたんだ」

彼が電話でそう言ったとき、私は何と答えたんだったか。

きっと私は仕事のことしか考えていなかった。

その相手が女の子だと聞いたときも、仕事の都合でこの家を離れることになったときも。

「落ち着いた?」

私を椅子に座らせて、コーヒーを出してくれた彼はしばらくして私にそう問いかけた。

あの頃と同じ優しい目をした彼が向かい側に座っている。

それがどんなに幸せなことか、どうして今まで忘れていたんだろう。

突然帰ってきて彼女と彼を罵る私を見て、彼が取った行動は、彼女に謝ってこの家から追い出すというものだった。

当たり前だ。ここは私の家なのだから。

ただ彼は怒って泣きながら出ていく彼女を引き留めはしたものの、怒りに震え泣いている私を抱きしめてはくれなかった。

それがさらに私の心を冷静にさせた。

「本当に申し訳ないんだけど…今は彼女との将来を真剣に考えている。彼女もだ。君は…この1年半俺との将来を真剣に考えてくれたことがあった?」

言葉は出なかった。

代わりに涙が一滴だけ零れた。

仕事についていくことに必死で、どんどんできるようになっていく仕事が楽しくて、いつの間にか自分の将来しか見えていなかった。

それがどれだけ彼を苦しめたか。

どれだけ彼を失っていったか…。

「その涙が本物なら、きっぱり俺のことふってよ」

お互い、自分の将来を見るべきだ。

そう言って笑う彼は最後の最後まで優しかった。

あの頃と何も変わらないのに、もう私のものではない笑顔。

でも最後のこの瞬間だけは、確かに私のものだった。

だから私も嘘をついた。

「…もう、あなたのこと好きじゃないわ。私が愛してるのは、今向こうでしている仕事なの」

それがいつか本当になればいいなと思いながら。


だから私は傷つかない 20xx.xx.xx

©きぃ( 𝕏:@sp_key_ )
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