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2023年06月01日
※ こちらは"フリー台本"ではありません。

「帽子屋さん、帽子屋さん。急がないとお茶会に遅れてしまうわ」

そんな非現実的な声で目が覚めた。ひどく蒸し暑い初夏の早朝のことだった。


とりあえず俺の紹介をしておこうと思う。初対面の人にはまず自己紹介というやつだ。俺のことを知ってもらわないことには物語を始めたって仕様がない。誰だって知りもしない他人の話なんかききたくないだろう。俺の名前は杉谷類。家族は両親とばぁちゃん。大学合格と同時に親元を離れて、現在は一人暮らしを満喫している。そう、一人暮らしなのだ。当然そんな俺を起こしてくれるのは誕生日にもらったデジタル時計ぐらいなのだ。ましてかわいく起こしに来てくれる妹とか幼馴染みなんてものもいるはずない。なのに…。

「帽子屋さん、早くしないとハートの女王に首をはねられてしまうのよ」

俺の上でわけのわからないことを言っているこの少女は…誰だ!?状況を整理するとしよう。こういうときは慌てたら駄目なんだ。余計何だかわからなくなる。もちろん俺は自室のベッドの上にいた。その俺の上に黒髪の推定年齢16歳くらいの少女がいて、ぱっちりとした大きな目で俺を見つめている。胸元で鎖のついた懐中時計がゆらゆらと揺れていた。女の子の歳とか見分けられないから適当だけどね。状況を確認した俺は、無言で彼女を降ろして玄関へダッシュする。鍵はしっかりとかかっていた。チェーンまでばっちりと。侵入不可だろうけど一応言っておくとベランダの窓も、お風呂場の窓も同様にしまっていた。じゃあ一体彼女はどこから入ってきたのだろう。合鍵とか!?合鍵を使って入ってきたとか?いやでもチェーンがかかっていた。俺は確かに寝る前にチェーンをかけた。

「あの帽子屋さん…お茶の時間…」

玄関まで追いかけてきた少女がおどおどと呟く。ちらりと横目で時計を見ると時刻は八時半を指していた。

「おわっ…まじかよ」

一限の授業開始まであと十分。俺は急いで支度すると少女をそのままに家を飛び出した。家に残してきた少女が、寝ぼけた俺の幻想であることを願いながら。


「おはよう類くん。どうしたのそんな疲れた顔して」

始業時間ギリギリに教室に入って机に突っ伏した俺に綾川真陽がにやにやと話しかけてくる。

「嫌…別に」

ただ単に寝坊して遅刻しかけてダッシュして疲れただけだ。いや本当に。そういうことにしよう。寝ぼけて夢を見てただけなんだ。まぁ俺にあんなかわいい子を想像する能力があったなんてびっくりだけどな。無意識の境地ってやつかな。それにしてもお茶会って何だよ。あまりにも現実味がなさすぎる気がする。

「ねぇ類。今日の晩御飯なんか作ってくれるの?それともなんか食べる?」

教授が話し始めても真陽は横でひそひそと話す。

「今日って…あ、そうか泊まりにくるのか」

すっかり忘れてた。今日からゴールデンウィークとかいう大型連休。俺も真陽も実家に帰るなんてことしないからとりあえずなんかしようぜってことで、真陽をはじめ友達四人が泊まりに来ることになっていた。

「忘れんなよな」

そんな風に笑いながら、俺のゴールデンウィークは始まる予定だった。いつものようにだらだらと、あっというまに過ぎしてまう連休のはずだったんだ。なのにその予定は、あっさりとくずされてしまう。いつもと変わらない自室の扉を開けた瞬間、連休初めの浮かれた気分は消えてしまった。

「…どうしてお前がいるんだよ」

「お帰りなさい帽子屋さん。眠りネズミのお話はどうでした?」

夢の中の幻想の少女がそこにいた。俺の意識ははっきりしているのに、朝と同じ姿のまま。

「じゃ、お邪魔します」

「うぉっ…ちょっと待って。片づける、片づけるから!」

ぼぉっとしている隙に真陽が横から入ってきた。慌てて真陽を押し返して外に出す。しかし時既に遅しとはこのこと。

「女の子…!?」

やっぱり現実はうまくいかない。俺にだけ見えるとかそういう設定はないらしい。

「気のせいだよ。夢でも見てんじゃないのか?白昼夢だよ、白昼夢」

「いやいや類くん。いや類様!あんなかわいい子見たら目も覚めるって。何、彼女?妹?」

彼女の存在を認識してしまった真陽は玄関先でそう騒ぎ立てた。

「まぁ…妹。悪いけど今夜の予定はなしな」

精一杯無い知識を絞ってそう言った。とりあえずこれ以上話が広がらないうちに彼女と話をしなければ。

「えー類の妹ちゃんと話したい!」

そう言って真陽は扉を開けた。夢なんかじゃなく、間違いなく彼女はそこに存在した。

「チェシャ猫さん…?」

真陽を見て少女が呟く。

「ちょっと待てって」

彼女がこれ以上変なこと言う前になんとかして状況を把握しないと。

「俺、類の友達の真陽。妹ちゃんの名前は?」

さっと俺の頭が真っ白になる。真陽は本当に空気が読めない奴だった。固まった俺の後ろから鈴のような声が響いた。

「アリス、です」 

to be continued…

©きぃ( 𝕏:@sp_key_ )
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