- Side Kaede -
レンズの向こうに見慣れた姿を捕えて、思わず頬が緩んだ。視界をレンズからはずして直接彼の姿を確かめる。
「秋月先輩」
笑顔で名前を呼べば気づいた彼も笑顔で手を降ってきた。
「お久しぶりです」
駆け寄ってきてくれた彼に声をかける。
「久しぶり。桜並木か。いいの撮れた?」
私の見ていた方向を振り替えって、秋月先輩はそう言った。
「どうですかね。先輩はどうして?」
就活で忙しい先輩が、わざわざ大学のはずれに通りかかるなんて珍しい。
「ちょっと時間があいたからね。後輩たちの様子でも見ようと思って」
そのまま先輩と一緒に部室までの道のりを歩く。
「最近どう?」
「まだまだですよ」
そう言って首からさげていたカメラを撫でる。
「楓ちゃんいい写真撮るのに」
やっぱり自信ないなと、秋月先輩は笑った。私に、写真のことを教えてくれたのは秋月先輩だった。入学してすぐ、まだ何もわかってない私を写真部の部室に招き入れ、新しい世界を教えてくれた。優しくて、すごく綺麗な写真を撮る秋月先輩。先輩にいろいろ教えてもらって、写真を撮るだけで幸せな日々だった。4年生になった先輩とはもうなかなか会えないけど。こうやって時々姿が見れればいい。
「楓ちゃん、お帰り。いいの撮れた?」
部室に戻ると、カメラのメンテナンスをしていた真紀先輩が、顔もあげずに尋ねてきた。
「真紀先輩、秋月先輩が来ましたけど」
「え、悠?久しぶりじゃない。戻ってきたの?」
秋月先輩と聞いた途端に、カメラのパーツからぱっと目線をあげる。そして立ち上がって秋月先輩のところに駆けてくる真紀先輩。私は、胸の傷みに気づかないようにしながらソファーへ座った。
「ちょっと様子を見に来ただけだよ」
秋月先輩はそんな真紀先輩を軽くあしらってもう一つのソファーに座る。そして机の上の真紀先輩のカメラのパーツを慎重に取り上げる。相変わらずその優しそうな表情は変わらない。
「お前はやっばり、カメラ一色だな」
パーツを机の上に戻して真紀先輩を見る。
「うん。大好きだからね」
真紀先輩も秋月先輩を見て微笑んだ。いつもそう。真紀先輩は秋月先輩を想っていて、秋月先輩だってあんな目で真紀先輩を見るのに、二人の関係には名前がない。強いて言うなら、部の同級生。あ、そうだと思い出したように真紀先輩が声をあけだ。
「悠、私ね…イギリスに行こうと思ってるんだ」
秋月先輩が目を見張って真紀先輩を見る。私も初耳のことで動けない。真紀先輩だけがいつも通りだった。
「向こうの写真家が声かけてくれてね。もっとたくさん写真が撮りたいから」
堂々と楽しそうに、真紀先輩はそう言った。
「おめでとう」
と、そう言った秋月先輩は、今までで一番切なくて、愛おしげに真紀先輩を見ていた。
「お前ならイギリスでもやれるよ。頑張れよ」
「ありがとう」
そう言った真紀先輩の表情は少し残念そうだった。正式な出発が決まったら知らせるようにと言って、秋月先輩は帰っていった。
「さて、じゃあ楓ちゃんにはもっと私の技術教えておかないとね。私、イギリスで有名になるからさ」
そう言って先輩は愛おしげにカメラを撫でた。
「…いいんですか?」
「もちろん。かわいい後輩のためじゃない」
「いえ、そうじゃなくて…」
秋月先輩のこと、と目で訴える。真紀先輩は観念したようにソファーに身を沈めた。
「楽しかったなぁ、悠と写真を撮るのは。二人とも最初は全然駄目でね」
カメラを撫でながら、真紀先輩は懐かしむように微笑む。
「どっちが先に自分のカメラ買うか競っちゃったりして。馬鹿よね」
でも、と先輩は私の方を見た。
「そんな思いでかあるから、私はイギリスでも頑張れるよ」
にっこりと笑う真紀先輩は、すっきりと晴れ渡った顔をしていた。
「私はね、楓ちゃん。もうとっくに悠に振られてるの。そういうのじゃないってね。だから…楓ちゃんは頑張ってね」
かちゃりと部室の扉が開く。その音を聞いて顔をあげると、驚いたような秋月先輩と目があった。
「やっぱりな」
呆れたように呟いて、秋月先輩はソファーに腰をおろした。
「あいつは、勝手に一人で行くと思ってたよ」
そう言って先輩は持っていた鞄からカメラを取り出した。
「先輩、先輩は真紀先輩のこと…」
「…憧れだった。まっすぐで純粋で、独創的で、真紀といるのは本当に楽しかった」
真紀先輩のように愛おしげにカメラをいじりながら話すのを、私は黙って聞いていた。私の知らない時間をたくさん二人で過ごしてきたんだと。私の知らない世界をいろいろ二人で乗り越えてきたんだと。私の知らない二人の絆を思うと、自然に涙か溢れた。
「真紀にはもっといろんな世界に行ってほしかった」
ここに縛るなんてかわいそうだよと、秋月先輩は笑った。
「先輩、私…もっと勉強します。いい写真撮ります」
立ち上がって先輩に訴える。先輩は困ったように私を見上げた。
「だから先輩…私、やめないでほしいんです」
先輩が息を呑んだのがわかった。
「秋月先輩は、私の憧れですから」
真紀先輩のいない世界を捨てないで。
「…ありがとう。ごめんね」
もう声が出なくて、ただ首を振るのが精一杯だった。秋月先輩と一緒に写真を撮るのは楽しかった。いろんなことを教えてもらって笑い合うのが楽しかった。
「まだ…憧れていてもいいですか?」
憧れが、もっと強い感情に変わってしまったことには気づいていた。真紀先輩もそれを知っていた。
「うん、ありがとう」
そう言って頭を撫でてくれた秋月先輩の手は温かかった。真紀先輩も知っていただろうか。秋月先輩は私が泣き止むまでそばにいてくれた。そして、今度一緒に写真を撮りに行こうと言ってくれた。桜の時期は終わってしまったから、花火はどうかと。真紀先輩のようにはなれないけれど、私は笑顔で頷いた。
Title of mine 20xx.xx.xx