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2023年06月01日
※ こちらは"フリー台本"ではありません。

昔々、夜寝る前にベッドの中で母さんに聞かされたっけ。好奇心旺盛な無邪気な少女が、うさぎを追いかけて穴に入っていく話。不思議の国でいろんな人と出会い、いろんなことを経験する話。少女の架空の世界。ここは一体…彼女の想像した世界なんだろうか。

「君は…何なんだ」

ようやく二人っきりになった部屋で、俺は彼女に問いかける。今日泊まりに来る予定だった類以外の友達は急用が入ったことにして断った。突如俺の部屋に現れた白いワンピースの黒髪の少女。幼馴染みでも、妹でも、まして彼女でもない不思議な少女。

「どうしたの帽子屋さん。そんな怖い顔して」

また眠りネズミに騙されたの?と少女は笑う。駄目だ、話が通じる気がしない。どうしたものかともう一度彼女をじっくりと観察する。向かい合った少女の背丈は俺よりも頭一個分ほど低く、大きなぱっちりした目が上目使いに俺を見る。腰のあたりまで伸びた髪は漆黒のように真っ黒で、胸元には不釣り合いな大きな懐中時計がぶら下がっている。どうしようか。身元がわからないから追い出しようがないし。考え込んでいると突如窓が激しく音を立てて割れた。

「…っ」

目の前の少女が声にならない叫びを上げる。首筋が切れてつぅっと血が白い肌を流れた。何が起こったのかと辺りを見回す。割れた音が当たったのか。いや、あきらかにおかしい。

トラン部屋の中に落ちている、二枚のトランプ。ハートの3と、ハートの5.俺の部屋にそんなものがあるはずないんだ。ゆらりとトランプが動いた気がした。いや、気のせいじゃなかった。それは意思を持ったように浮かび上がると勢いよくアリスに向かっていった。

「っアリス…!」

思わずトランプからアリスを庇うように手を伸ばす。音もせずに、俺の腕から血が流れ出した。一瞬のことで腕が切れる感覚なんて微塵もなかった。

「本当に切れんのかよ」

どうやらアリスの首を切ったのもこのトランプだということになるだろう。現にアリスを狙ってるみたいだし。トランプは一度天井ギリギリまで浮遊すると、再び俺…の後ろのアリス目掛けて降下し始めた。

「帽子屋さんっ…」

アリスが叫んだのと、俺がトランプを素手で掴んだのと同時だった。一枚を取り逃がしてまた血がじわりと溢れる。

「っう…」

捕えた一枚で手の平がざっくりと切れる感覚があった。堪えてもう一度手に力を込めて握り直し、手を緩める。俺の血と同時に血まみれのくしゃくしゃのトランプがゆっくりと地面に落ちた。

「よし、一枚終了」

俺は何をムキになっているのだろう。こんなわけのわからない少女のために、ゴールデンウィークの初めに手に怪我までして。窓は割れるは床は汚すは…本当に散々だよな。でもまぁ…ここまでやっといて放っておくとか、怪我しただけ損だろ。もう一枚の浮いているトランプを見据える。くしゃくしゃにしてしまえばトランプはもう動けないらしい。あいつも掴んで握りしめてしまえばいい。ただ声以上怪我したくないし、血の出血量が増えるとやばい気がする。俺の思考が終わる前に、ひゅっと音を立ててトランプが俺に向かってくる。真正面から突っ込んでくるトランプ。まともにかわしたら後ろのアリスに当たってしまう。

「アリス、走れ!」

アリスの腕を掴んで引っ張る。勢いのついたトランプはそのまま直進してざっくりとクッションを引き裂いた。そのまま玄関まで逃げる。外に出ればアリスを逃がしやすい。

「あ、もういいの?」

玄関を出たところに、真陽がいた。

「真陽、あっちに逃げろ」

それだけ言って真陽に指示したのと逆方向に走る。ちらりと後ろを見るとトランプが追ってきていた。出血多量で走ったせいか、体がぐらりと揺れる。アリスの体力も限界だったらしく、二人してその場に倒れ込む。なんだよ…俺は紙切れ一枚から女の子一人も守れないのか。

「類っ…これ!」

俺がせめてもとアリスを抱き込んだとき、トランプの向こう側から真陽の声がした。真陽がきらりと光る何かを俺の方に投げる。それはかつりと音を立てて、俺の横に落ちた。銀色のジッポライター。瞬間に頭の中で何かがはじけた。咄嗟にそれを掴んで向かってくるトランプに向ける。飛んでくるトランプは曲がれない。止まれもしないトランプはライターの火の中に飛び込んできて燃えた。呆気なく灰と化したトランプが俺の前にさらさらと落ちる。しばらく呆けてみていると風に飛ばされて散り散りになった。

「大丈夫!?」

真陽が俺たちのところに駆け寄ってくる。

「…あぁ」

まだ、何が何だかよくわからない。えぇっと、紙が燃えるのは当たり前だよな。それは何も問題ない。じゃあ何だ…トランプが意思を持って飛んでくるのは、あり得ないよな。そんなの不思議の世界でしかありえない。現実世界でそんなことが起こっていいはずないんだ。

「ハートの女王が…私を探してる」

か細く、苦しそうにアリスが呟いた。

「本当にさ、お前は何なんだよ」

どうしてトランプなんかに追われてる。どうして何も説明してくれない。どうして…俺を巻き込んだ。俺はアリスにそんな疑問をぶつけた。真陽の見ている目の前で。そしてそのままぶっ倒れた。 

to be continued…

©きぃ( 𝕏:@sp_key_ )
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