曖昧な関係
「来てくれてありがとう」
そう言った彼の声はどことなく震えていた。
夕焼けが薄っすらと入り込んだ昇降口はなんとなく白くぼやけていて彼の顔がよく見えない。
「今日は、あいつと一緒じゃなくてよかったんだ」
何気なく呟かれた彼の台詞に私は小さく顔をしかめる。
今日はあいつのことなんか思い出したくなかった。
一緒に帰ろうと誘ってきたのは彼なのに。
「一緒でも、よかったの?」
抵抗するように放った言葉は思ったより冷たいものになってしまって、彼は慌てて首を振る。
「そうじゃなくて、ほら…いつも一緒だから」
そう答えた彼の言葉も緊張していた。
「じゃあ、帰ろうか」
居心地悪そうにそう問いかける彼。
私は黙ってそれに頷いた。
付き合ってほしいと、同じように震える声で言われたのがちょうど一週間前。
返事を返せないでいる私にとりあえず一緒に帰らないかと言ってくれたのが、今日の昼休み。
もっと自分のことを知ってほしいからと、俯き加減の彼は言った。
でも、私が今ここにいるのはそんなことの為ではないのだ。
昇降口を出たところからそっと校舎を振り返る。
三階の渡り廊下から三番目にあるのが私たちの教室。
あいつはまだ、そこにいるのだろうか。
いつも一緒にいる、幼馴染のあいつ。
私がここにいるのは彼に心配してもらうためなのだ。
私が傍にいないことで不安に思ってほしい。
傍にいない私のことを心配してほしい。
傍にいなくても私のことを考えてほしい。
でもきっと、彼は私のことなんて考えない。
私のことなんて、心配しない。
こんなに考えてるのは私だけ。
「みちるさん?」
隣にいる彼に名前を呼ばれて我に返る。
でもそれは、私の求めている呼びかけではない。
「あ…ごめんなさい」
思わず立ち止まってしまった。
そんな私を見て彼は悲しそうな顔をする。
ちょうど夕日はビルの陰に隠れていて、彼の顔がよく見えた。
私の言葉から、私の気持ちが伝わってしまったようで。
いや、彼はきっと最初から気づいていたんだ。
気づいていないふりをしていたのは私だけ。
「ようやく気づいた?」
彼は尋ねる。
「ごめん、なさい」
私はそれしか言えなくて頭を下げた。
「酷いよ、みちるさん」
私も、そう思う。
彼はそれ以上何も言わず私の視界から靴が消えていく。
私は声をかけることができなくてただ遠ざかる彼の足音を聞く。
幼馴染なんて、そんな関係に甘えて、
彼を傷つけてしまったのは私だ。
だから私が泣きたくなるのなんて間違ってる。
こんなときなのに、あいつに会いたいってそう思うことも。
私がようやく顔を上げたときには、ビルの向こうの夕日は沈んでもう彼の姿は見えなかった。
曖昧な関係 20xx.xx.xx